全国2ヶ所ツアー2003

なんということでしょう。

自己批判ショーに参加し始めてから2回目の本公演。小劇場界の登竜門と言われた、ガーディアンガーデン演劇フェスティバルでの大舞台が転がりこんできたのです。

1次審査、2次審査を勝ち抜いた我々に与えられたのは東京・天王洲アイルでの公演のチャンス。しかも宣伝面などフェスティバル側のバックアップ付き。突然の展開に浮足立ったものです。

それでは当時の仕事っぷりを振り返ってまいりましょう。

 

宣伝編

ここで初めて自己批判ショーのチラシ作りに関わります。

このときは前代表栗原、山本、高雄の3名であーだこーだとデータをいじっていました。 出来上がったメンバーの写真を使った初のカラーチラシ。

2003tourA

当時七人編成

なかなかのインパクトに仕上がりました。

この時持っていた技術ではベストの出来だったと思います。

 

映像編

そして、本番に向けてやはり映像制作。

この時もFlashを使ったデータ作成。いろいろ再演したいネタいろいろ。しかし、過去のソフトで作っていたデータがほとんど開けない状態に。残念。

sevenkurosawa

七人の黒澤より、残っていたデータの一部。しかしこれは鮫島画伯の書いた文字ですね。

再演したい、とメンバー間でも名前がよく上がるコントですが2ヶ所ツアー以降再演していなかったかな。

 (前回触れませんでしたが、実際にはT-rashの橘川氏と分担しての作業。十年史では自分の仕事を振り返っているので彼の作品は未掲載です。)

 

ネタづくり編

この2ヶ所ツアーでもう一つ思い出深いのは、不謹慎ながら思わず笑ってしまうというネタづくり。

といっても自分では本を書ける訳でもなく小さなアイデア出し程度。 事前にお偉いさんからの「北朝鮮ネタやれい」などの声もあり、皆で足りないアイデアを補う会議をしたものです。自分のアイデアがオチにつながるきっかけを与え、完成したのがさきほどの「七人の黒澤」でした。

そして、その評判は…概ね笑いをとりつつ、問題の不謹慎なオチでお客さんドン引きという結果に。”思わず笑ってしまうレベル”までの昇華が出来ていなかったといったところでしょうか。ブラックジョークの扱いは難しいんですね…。

 

舞台つくり編

もう一つ、忘れていたことが。この公演で、私の肩書はなんと舞台監督だったのです。

タイムスケジュールを見てくれればいいから、ということで引き受けてしまいました。 が、この肩書が付いている以上、フェスティバル主催者側など関係者からは舞台作りの責任者に映るわけです。しかし、上手、下手、バミり、箱馬…当時の私は専門用語・知識がわからず全く役に立ちません。ホント、いろいろご迷惑をかけました…。

そんな感じで天王洲アイル公演を振り返りました。

しかし、この公演は全国2ヶ所ツアー。なんとこのあと神戸へと舞台を移すのです!

 

というわけで分割してまた次回に少し。

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高雄いっとく

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「ダブルオーゼロ」よりスタッフとして参加。スタッフ兼エキストラとして活動していたが、2012年より役者にチャレンジ。
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