これは今は無い、とある会社で働いたお話。

時は約16年前。自己批判ショー加入前まで遡る。

大学を中退して、うだつのあがらないフリーター生活をしていた私。このままではいかんと、在学中に唯一会得したHTMLの知識を活かした仕事ができないかを考えた。個人サイトをちょっと作れる程度の知識だ。本当に仕事として通用するのか?不安はあった。しかし、テーブルレイアウトで情報整理できればなんとかなるだろう、入っちまえばこっちのものだろう、の精神でいこうと決める。

幸い、思い立った絶好のタイミングでホームページ制作の募集を発見。そこから入社まではトントン拍子だった。

バイトではない、初めての正社員、その初日。ぐだぐだしていた生活を終え、心機一転、晴れ晴れした気持ちだ。これからお世話になる社員の皆様に挨拶をしていく。面接をしてくれた総務部長。経理のお局様方。事務のお姉さん。営業部の皆様。今思い出すとどことなく”すしざんまい”に似ている社長。もちろんこれはまだ一部。なんだかんだ創業20年、関東各地や関西にも営業所があるそこそこの規模の会社だ。

そして私が働くことになる部屋へ通される。そこにはパソコンが1台。現在ホームページ制作を担当している先輩のモノのようだが、姿がない。部長と社長のやり取りを聞くと無断欠勤しているようだ。新人の自分はひとまず様子を伺うことしかできない。総務部長が制作担当へ電話を入れ、しばらくの押し問答。電話を切ってため息とともに言った。

「もともと心臓が悪かったのが悪化したとかで・・・もう会社には来ないそうです・・・」

前担当者、まさかのトンズラ。あからさまなウソ。新人が入った時点で逃亡とは、この会社はスーパーフライかなにかか。この時点でやばい匂いがプンプンである。あの時の自分に言いたい。お前も早く逃げたほうがいいぞ、と。

しかし。この頃の私は大学中退の負い目を強く感じていた。親に迷惑をかけた意識もある。せっかく入れた会社に対して、そう簡単に辞めるという決断はできず、とにかくやってみるしかない、と覚悟を固めてしまうのだった。

かくして、引継ぎゼロ、現状を把握している人間ゼロ、で仕事はスタートする。

暗雲立ち込める、とかいう前触れの話ではない。

もう暗雲の中だ。

<つづく>

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高雄いっとく

高雄いっとく

「ダブルオーゼロ」よりスタッフとして参加。スタッフ兼エキストラとして活動していたが、2012年より役者にチャレンジ。