その13.ほれたところで

「泥船会社盛衰記」連載!

どう考えてもやばい状態であろう会社がもっているのは、実はここまで紹介していなかった「工事部」の存在が大きい。工事部というのはもともと電話やコピー機などを販売していたこの会社において、電話線を引いたりといった工事を請け負う部門だ。なぜ工事部の存在により会社がもっているのかというと、ADSL回線の普及が始まり、工事の依頼が続々と入ってきているからだ。

そんな、工事部。私は関りがないかと思っていたのだが、LANケーブルの配線を行う場合に手伝いとして呼ばれるようになる。私が参加することで、ケーブルを設置するところだけで終わっていた仕事が、PC設定まで請け負うことができるからだ。今回はその辺の仕事であった思い出話。

その日、工事部に入っていた仕事はとある会社の新オフィスの工事。3階建ての建物の各階、各部屋に電話線やLANケーブルの配線をしていき、搬入したPCのネットワーク設定を行う、というものだ。工事部の皆さんは先行して作業に入っており、私は遅れて現地に向かう。が、教えてもらっていた場所は移転前のオフィス。作業の現場ではなかった。クライアントさんに場所を聞きにいくと、

「私が案内しますよ」

と、事務の女性が対応してくれた。年はやや下だろうか。会社のみなさんにも可愛がられているようで、看板娘といった感じだ。・・・。たぶんこのときだけじゃなかろうか。私はこの看板娘さんにひとめぼれをしてしまったのだ。いやいや、仕事中だ、落ち着け。ふと看板娘さんの事務机にある名札を見ると、同性同名。昔振られた人と。漢字まで完全に一致。もちろん別人。急に現れたその名前に妙な動揺。勝手に運命的なことを考えたりして我ながら気持ち悪い。短い間にぐちゃぐちゃの思考。仕事に戻ろう。新オフィスに行って自分の仕事をこなす。それだけだ。

この道をまっすぐ行って、次の角を曲がって・・・といった説明を聞いて一人で向かうつもりだったが、どういうわけかちょこんと助手席に乗りこむ看板娘さん。また動揺する私。女性に免疫がないモテない童貞男子にとってはこれだけでもとんでもないシチュエーションだ。社用車ではなく、自分の車を使っていたこともある。看板娘さんにとってはただ単に用事があるから道案内ついでに乗って行くだけの話だろうが、こちらとってはちょっとしたことで動揺するのである。バカみたいだが非モテ男子はこんなものだろう。ことあるたびに心の中のチャン・カワイが「惚れてまうやろ!」と叫ぶ勢いだ。この時代にチャン・カワイいないけど。

移動距離はたいしたことはなかったが、動揺のあまり「看板娘さん、以前振られた人と同姓同名なんですよ」などと口に出しそうになったが、仕事でやってきた初対面の男がこんなことを言いだすのはあまりにも気持ち悪い。言葉を飲み込みほとんど無言のまま到着。ひとめぼれした相手とのちょっとした幸せの時間はすぐに終わった。さあ仕事だ。工事部の仕事はほぼ終わっており、あとは私がLANケーブルの長さを調整したり取り回しをして、PC設定するだけだ。

作業で使う道具はこんなやつ。

工事部が配置していった長めのLANケーブルを適切な長さに切断し、先端のコネクタをくっつけていく。やり方を間違うと通信できなくなるので慎重に行う。ゲス谷のようにわざと失敗しておけば、またこのオフィスに来て看板娘さんに会う機会が・・・なんて考えがよぎるが、流石にそんなことはできない。机の下に潜り込んでケーブルを這わせて・・・と作業を繰り返していく。テスターのチェックもOK。終わったー!机の下に潜り込んでいた状態から勢いよく一気に立ち上がる。と、ガツンと後頭部に強い衝撃。振り返るとのけぞった姿勢で顎をおさえている看板娘さん。

いやー、男子から女子にね、ドンと決めるのはかっこいいらしいじゃないですか。決めてやりましたよ、壁とかじゃなく直接ね。顎ドン。顎ドンですよ。15年たっても流行る気配はないですけど。痛いだけですからね。

何があったかと言えば、看板娘さん、作業に興味を持ってずっと後ろからのぞき込んでいたらしい。急に私が立ち上がったのでかわしようがなかったのだ。一言声さえかけてくれていれば・・・。ともかく平謝り。で、それっきり。この女性が今の嫁さんです、などといったことは全くないのである。くだらない思い出話につきあっていただいてありがとうございました。


【おまけ】

仕事に戻り、全てのPC設定まで完了。

すると、ちょっと来てくださいと部屋に呼び出された。

ドキドキしながら向かう。

まだ事務机だけが搬入されただけの広い部屋。

二人きり。

・・・クライアントの社長さんと。

他の誰にも相談できないんだ、と泣きつく社長さんが持つノートPCにはアダルト画像が張り付いている。インターネットでアダルトサイトを見ているうちに壁紙が勝手に変わってしまったらしい。男なんて今も昔もこんなもんだ。


さて次回。出勤すると会社に見知らぬ男女が三人。

ショートカットのスポーティな女性。

金髪ロングのヤンキー風女性。

自分より一回り二回りは大きい体格、スキンヘッドに顎髭の男。

こいつら、一体何者だ。

<つづく>

「ダブルオーゼロ」よりスタッフとして参加。スタッフ兼エキストラとして活動していたが、2012年より役者にチャレンジ。

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