その15.ピンチは突然に

「泥船会社盛衰記」連載!

「ですから、画面左上のアイコンをダブルクリックしてください。」
「してるよ!何度も!開かないよ!」
「カーソルはちゃんと当たってますか?あとはちゃんとダブルクリックできていないのでは?」
「初心者だと思って馬鹿にしてんだろ!ちゃんと左右のボタンを同時に押してるよ!!」

電話でのサポートは時に伝わらない。この一件はクレームとなり、社長室に呼び出されて注意を受けるまでになった。私を叱りつける社長は、せわしなくマウスを動かしている。私は忘れない。社長の背後の窓に映り込む、PCの画面を。緑の背景の上に、白いカードが並んでいる画面。説教するのか、ソリティアするのかどっちかにしてくれ。

・・・しかし、なぜこんなことになってしまったのか。私自身も外回りの仕事とパソコンで処理しなくてはいけない仕事が溢れ、流石にストレスが溜まってきていた。その結果、相手の神経を逆撫でするような物言いをしていたのだ。じわりじわりと追い詰められている。そんな私の状況とは関係なく仕事はやってくる。

またしても常務からの案件だ。

基本的にはPCの買い替え話なのだが、エクセルで行っている処理を楽にしたいという相談もあるようだ。エクセルについてはイササカ部長の力も借りることになり、二人で詳しい要望を聞き取りに行く。

某所、某会社。白Tシャツというラフな姿で出迎えてくれた社長。夕方、小学生の娘さんの帰宅時間と重なり、娘さんに声をかけたりしている。優しい笑顔。しかし、娘さんが家の奥に入ると一変、険しい顔。険しい、というか眼力が凄い。強すぎる。悪役エキストラのクマさんなんか問題にならない迫力。よく見ると白Tの下にうっすらと柄が・・・いや、見なかったことにしよう。ただちょっとコワモテの社長というだけ。仕事だ、仕事。本題に入る。

詳しく話を聞いて、PC新調以外の要望がはっきりしてくる。ひとつは複写式伝票の手書き作業をパソコンとプリンタで行いたい、ということ。もうひとつは事前に聞いていたようにエクセルの入力を楽にしたいということだ。ボタンひとつで全部終わるようにしてくれよ、などとなかなかダイナミックな注文。

(こりゃ今回はイササカさんの方が大変そうだ・・・)

要望を聞き終えてこの日は帰宅。翌日から早速頭を抱えてマクロを考えることになっているイササカ部長。私は要望に応えるPCとプリンタの発注準備だ。複写の伝票にプリントするにはドットインパクトプリンタというものが必要になる。使ったことはないが、設定自体は通常のプリンタと変わらないだろうし、用紙の位置合わせなどを確認して使い方を教えることができれば大丈夫だろう。PCについても事務用だし、ハイスペックである必要もない・・・なんて対応しているところに常務がやってくる。

「高雄。あのお客さんのPCだけどさ、この倉庫で眠ってたやつにしよう」

なにやら倉庫からPCを持ち出してきた。以前の森さんの一件で揉めた省スペースPCと同じようなモデル。よぎる不安。

「え?微妙に古いですけど、大丈夫なんですか・・・?」
「あの社長じゃわかりゃあしねぇよ!」

ガハハといつものノリで押し切られてしまった。そして省スペースPCになったことで、またUSB変換ケーブルが必要になってしまった。当時、ドットインパクトプリンタはまだUSBモデルはなかったからだ。

(何事もありませんように・・・)

これはもう祈るしかなかった。数日後、プリンタが届き、イササカ部長のエクセル表もどうにかまとまったところで再びコワモテ社長の元を訪れる。部長はエクセル表の説明、私はPCのセッティング開始。初期設定のため電源を入れたところで社長が近づいてくる。

「俺はよ、パソコンは詳しくないんだけどよ。最近新しいウィンドウズが出たことぐらいは知ってるんだよ。これ古いやつだろ?どういうことだ」

洒落にならない迫力。私が起動したパソコンに映った文字は『WindowsMe』。このお話の舞台はWindowsXP発売当時だ。常務なら笑ってごまかせるのだろうが、私にはそんな余裕はない。

(なにか・・・なにか納得させる方法はないか?)

必死に考える。

「社長。出たばかりのOSですと、安定して動作しなかったり、トラブルが発生することもあります。敢えて、このモデルを選んでいるんです。」

この土壇場で意外と頭がまわったものだ。実際に枯れた技術を使うという発想は世の中にあるが、WindowsXPに対してWindowsMeを選択するには苦しい言い訳かもしれない。社長は訝しげな表情をしながらもとりあえずひいてくれた。私としてはこれでゲス谷と同類になってしまったのではないか、という罪悪感に襲われもしたが、きちんと設定して動けば問題ないはず、と言い聞かせて作業を続行させた。

イササカ部長の方はというと、実際にエクセル表を見た社長から細かな要望が追加され、その場で修正を続けている状態になっている。しかしまあ、なんとかなりそうな気配。私の方もプリンタの設定も終え、ドットインパクトプリンタがきちんと印刷できることを確認していた。

「ちゃんとやっておいてくれよ」

社長が部屋を出ていく。ひとまずプレッシャーがなくなり安心だ。そして作業は順調に進み一段落を迎える。

「よし、後は綺麗に掃除して、社長に一言入れて今日はもう引き上げるようにしよう。」

と、イササカ部長。わかりました、ということでPCの電源を落とし、まわりを片付ける。

ふと見ると、PCの画面がついている。

(??落としたよな?)

もう一度シャットダウンの操作。再起動してくるPC。青ざめる私。

(完全に初期不良・・・!)

電源回りに問題があるようで、何度も立ち上がってきてしまう。OS問題があったうえに機械が初期不良は本当に洒落にならない。イササカ部長も言葉を失っていたが、

「倉庫に同じモデルのPCがまだある。俺が取ってくるからそれと交換しよう!」

言って飛び出していく。ちょっと!一人にしないで!

「まだ終わらないんか?」

社長は帰ってこないで!こんなシチュエーションコメディ勘弁だよ!こんな追い詰められ方ありますか?もうこんなセリフを心で叫ぶばかりである。

『部長ー!!!!はやくきてくれーっ!!!!』

<つづく>

「ダブルオーゼロ」よりスタッフとして参加。スタッフ兼エキストラとして活動していたが、2012年より役者にチャレンジ。

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